歯科医師の自殺

http://www12.ocn.ne.jp/~saisei2/08-0221.htm

歯科医師の自殺

 昨年都内において何名かの歯科医師の自殺が報じられました。その方たちが自殺に追い込まれた原因が、一部報じられたような診療報酬の指導監査に当たる指導医療官の行う指導方法の行き過ぎではないかとの点を調査するための調査委員会が日歯と都歯に設置され、原因究明が行われていると言われます。以前に書きましたように、指導医療官による指導の対象になる診療内容が常軌を逸した内容であるとの話もありますが、それにしっかり対応をすることが指導医療官・技官の職務であります。 今度は、常軌を逸していると言われる診療内容に対する指導医療官による指導法がさらに常軌を逸した形で行われるとすれば、これは、国家権力を背景に持つ指導医療官すなわち技官の側が絶対的に有利であります。指導と言う言葉は、辞書には、「指さし導くこと、教え導くこと」と記されています。

 昨年は、東京において指導医療官1名と歯科医師2名が係る贈収賄事件が発覚し、3名に対しては執行猶予の付いた有罪判決が下されています。また、昨年12月には大阪で同じような事件の報道がなされ、指導医療官2名と歯科医師2名の間で、金銭の授受が行われ、その金額は約70万円余となり、指導医療官は減俸10分の1を10ヶ月と歯科医師は不問に付されていると報道されています。この指導医療官と言う官名は、俗に「技官」と呼ばれ、年末には民放テレビによる指導医療官による「指導」に関する特別番組が組まれました。その中で、F技官と名指しで呼ばれる技官が登場したり、我々の知らない世界があることを改めて知ることになりました。
 もし、過去の贈収賄事件に見られるように、この絶大な権力を握る「技官」が、診療報酬の請求書を徹底的に調査をし、根こそぎ洗い出して査定をし、不当な部分に返還命令を出すことが、医療費の無駄を省く一環として必要なのでしょう。しかし、この表向きの姿とは別に、巷間ささやかれている、年間の歯科からの返還金が総額およそ60億円と言われるものを100億円に嵩上げしろ!との厚労省が方針を打ち出しているとの話が真実であって、その方針に沿った政策の一環で技官の指導が行われているとするならば、大変なことです。

 平成16年度から平成19年度9月までの統計(日歯調査)によると日歯会員の自殺者数は、41県からの回答によるものではありますが、合計72名、福祉共済制度に加入している会員を合わせると88名で、東京都歯科医師会関連では、13名となっています。このような調査が行われるきっかけは、指導医療官の指導が原因で自殺に追い込まれたとする事例の検証であったようですが、私の聞いた範囲によると、真相は掴みにくいのが現状のようです。
 東京の例では、一部負担金は頂かないとの患者への説明で、その分をほかの診療報酬に(つけ増し)をしていたとの話もありますが、これは明らかに違反行為であります。技官による指導内容は、第3者が立ち会っても外部に漏れてくることはありませんし、指導に至る経緯と証拠は社会保険事務所が確保していますので証拠の確認はできない状況と言われますし、追いかけるといわゆる「ボロ」が出ると言う関係者もいます。この時点で、双方の非を咎めあっても傷つくのは、我々サイドで厚生労働省の側ではありません。

 前回の診療報酬の改定で、咬合調整が極端に制限されました。過日、審査に関わりのある先生からお聞きした話の中に、「咬調先生」と呼ばれる方が何人もいらっしゃるとのこと。その「咬調先生」の一人のレセプトの中には、一人の患者に対する咬合調整が1カ月に300回くらい請求されていると。歯科診療に携わるわれわれの常識からは考えられない事のようです。そのような話を聞くにつれ、診療報酬を改悪と受け止められる改定に持ち込むのは、厚労省の一方的な考えだけによるものであって、診療側の責任は皆無と言い切れるかどうか。厚労省に改悪と受け止められる改定の言い訳乃至理由を与えているのは、他ならぬ一部の歯科医師自身なのではないかと言う気もしないではありません。
 然しながら私は、個人的意見として、個別指導と言う指導医療官による指導に関して、その指導方法には再考すべき点が多々あるように思われます。時に、対象となる診療担当者が一方的に「善」で、指導側が一方的に[悪]と決めつけることも出来ないと思います。歯科医師の仲間内においても、その人の レセプトが話題に上がる人たちが多々居ることも事実でありますし、「やり得」的な印象を持たれている人達のいることもこれまた事実であります。

 これは私の実体験ではありませんので、耳にした話でありますが、まず、指導の対象にされた歯科医師は、その指導の場において、技官により最初から犯罪者扱いを受けるとのこと。そして、その証拠はしっかり社保事務所により把握されていること。従って反論が出来ないとのことであります。 反論が出来ないとするならば、指摘された行為自体を認めることになるのか、言い訳が説得力を持ち得ないとするのか、私にはわからない点であります。
 指導を中断し何ヶ月か経過して再び呼び出され、再指導を行い、さらに中断すると言ったことが話題に出てまいります。その間、その対象になった人たちは針の筵に座らされて筆舌に尽くしがたい重圧の日々を過ごすことになります。この重圧から逃れるために、いわゆる、セーフーティーネットとして、指導医療官に対するパイプを持つ人の下に頼ることになるのでしょうか。または、自殺と言う手段を選ぶのでしょうか?結果、今回の東京や以前にあった京都のような事件が後を絶たない事になります。しかし、医科の指導は割合と紳士的であるとの話を仄聞いたしますし、そこに、医科・歯科の格差を指摘する人達もいますが、私には、それらの事実に触れたことがありませんので、軽軽な意見を述べる状況にはありません。もし、これが事実とするならば、国民はいかなる法の下においても平等であるという憲法の精神に違うことにもなりかねません。

 先日、厚労省に、指導に対する基本的なマニュアルの存在を聞いてみましたが、現在改める作業に入っているとの返事でありました。当然のことながら、誰もが納得する規則の運用が求められることは当然のことであります。対象者が自殺に追い込まれるような形での指導が在るとするならば、そしてもしそれが事実とするならば、早急な改善策が講じられるべきと考えます。
 そもそも、レセプト一件当たりの平均点数が1500点になると、個別指導の対象になると言われること自体、もしもこれが事実であるとするならば、診療報酬の請求の上限設定であり、医療担当者のフリーハンドが否定されることになります。しかし、この事は勿論のこと、請求される診療報酬の内容が実際に行われた医療行為に基づくものであることが前提になってのことであります。

 聞くところによると、ある技官の口からは、「お前!」「この野郎!」「ばか野郎!」と言った言葉が発せられるとも言われ、立会人に向かっても、お前もカルテを持ってこい、個別指導にかけようか!といったことまで言われると聞きますが、これは「恫喝」そのものと言わざるを得ません。明らかに、指導と言う言葉の本来の意味を超えたもので、犯罪行為の立件を目指した取調べの類と言えなくもありません。この問題に関して、厚労省に質問しようとした石井みどり参議院議員に対して、厚労省を刺激したくないとのことで、取りやめるよう連盟から指示が出たと言われますが、果たして事実かどうかは不明です。
 それもこれも、私が奥歯に物の挟まった様な表現をしなくてはならない事は、診療報酬の請求に対するあまりにも細かな取り決めがあることと、取り決めに関して、これまた細かい疑義解釈を求める診療側の対応、それを悪用しようとする不埒な輩の存在、それをさせじとする官庁側との知恵?の応酬の感があるように見受けられるからであります。保険法は取締規則ではなくて、保険法が本来の目的とするものは、国民健康保険法第1条に謳われているとおり、「この法律は、国民健康保険事業の健全な運営を確保し、もって社会保障および国民保健の向上に寄与することを目的とする」、と定めています。しかし、この目的を達成するための事業を遂行するにあたり、違法行為のあった場合は、当然のことながら罰則規定がありそれに基づいて罰せられます。

 ここでいう事業の遂行ということは、当然のことながらその主たるものは医療行為であり、医療行為は更に当然のことながら医学と医術が合体したものが基礎となります。本来、規則は医療行為を委縮させるべきものではなくて、国民が自らの保健の向上を目的とした適切な医療を享受すべき権利を持つ立場を擁護すべきものであろうと考えます。同時に、医療を行う側にも、当然のことながら過不足のない適切な医療内容の実施が求められます。そして、施行規則が本来の医療行為を妨げ医療機関の経営を不安定にすることがあれば、今回の改正の中に見られるように、いわゆる紙出しなどの煩雑なものは努めて廃止されるよう望みたいものであります。
 歯科医の自殺と言う問題に関しては、指導する側が「悪」で、指導される側が「善」と受け取るような一般的な見方、また、診療報酬の改定はすべて改悪で、診療側には全く責任はなくて、悪いのは医療費削減を名目に公的給付を削減しようとする厚労省の非を責めると同時に、我々サイドの「咬調先生」に代表される人たちに見られる常軌を逸した行為を反省することも大切であろうと思います。 両者ともに保険法本来の目的たる、国民の保健の向上にいかななる方法で寄与していくか、真剣に考えなくてはならない事も事実であります。

 アメリカの「日本改造計画書」の中に謳われているとされる、医療保険の民間への部分的な移譲を皮切りに大部分を民間に開放すべしとする意図に乗らぬよう気を付けなくてはなりません。この第一歩が混合診療が導入された場合に徐々に顕在化するであろうと言われる医療格差の問題でありましょう。富める者は更に豊かに、貧しいものは更に貧しくと言った格差社会が医療の世界にも波及するとなると問題は大きいと言えます。それを防ぐには、国民の支持を得られる形で現在の国民皆保険制度を維持する努力をしなくてはなりません。その為に政府がどのような形で国民の負託に応えるか、厚労省がそのためにどの様な政策を打ち出すか、財務省がどれだけの財政処置を講じるか、医療界がどのようにそれらの施策の実現に協力体制を組み、各々が実効ある努力をして皆保険制度を護る事を真剣に考えなくてはならない時代とも言えます。
 このような時代背景の中で、厚労省と医療界が双方の立場を主張するのみでは、問題は解決されません。指導医療官の指導の問題も、指導を受ける医療担当者も双方がお互いの立場を理解した上で、国民の納得が得られる形で粛々と指導が進められるべきと考えます。 同じ大学教育を受け、同じ国家資格を持つ者同士、なれ合いは許されませんが、教え導くという指導本来の姿を取り戻し、指導の過酷さに起因すると言われる自殺者がいるとするならば、更なる犠牲者を生まない努力をすべきであります。法律は人間が作り人間が運用するものであります。それ故に、法律や規則は運用の妙が得られなければ悪法の謗りを受けかねないと思います。

 しかし、レセプトの内容で「やり得」が通用するならば、真面目に書かれたレセプトの提出者には耐えられない屈辱に近い感覚を持たれても致し方がありません。これを書き始めると切りがありませんが、架空請求、二重請求等の非難を受けないように心掛けなくてはなりませんし、その様なことをしなくても、安定した生活が得られ、従業員の生活を保障し、退職金を積み立て、子弟の教育ができ、老後の生活設計が出来るような最低限の環境が整う時代の到来を心待ちにしたいものであります。それを実現するために何をするか、これまた問題は山積していますが、その気になれば出来るのではないでしょうか。 パイを大きくするか、分母を少なくするか。いずれも難しい問題であります。
平成20年2月21日

「同窓会の再生を期する会」代表 國松久輝

日本医療「崩壊」から「立国」へ

日本医療「崩壊」から「立国」へ

帝京大学医学部名誉教授・大村昭人氏

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/14540.html;jsessionid=F7D8256D0CC075BFEA3BA9EC256A8AAB

 「医療が経済にもたらす波及効果や雇用創出効果は大きく、EU欧州連合)のように医療の多様な分野に積極的に投資することが経済の活性化につながり、国を豊かにして国民を幸せにする」―。少子高齢化の進展とともに社会保障負担が増大すれば経済を中心に活性が失われるとする1983年の「医療費亡国論」に端を発する日本の医療費抑制政策に対し、「医療による立国」へ転換すべきと訴える現役医師がいる。
 「医療立国論−崩壊する医療制度に歯止めをかける!」を著した帝京大学医学部名誉教授の大村昭人さん(同大学医療技術学部臨床検査科主任教授)は、ダイナミックな理論のイメージからは想像もできないほど、親しみやすい笑顔と柔和な雰囲気を持つ人だ。「世間では医療が崩壊すると叫ばれているが、どうすればよいのか提案することが大事だ」。医療崩壊ではなく、医療立国へ―。大村氏が世間に一歩先行く展望を語るに至った背景には何があるのか。人物像に迫った。(熊田梨恵)

■町医者だった大おじの背を見て

 「小さいころから人と触れ合うのが好きで、人と接する職業に就きたかった」。医師になるきっかけをこう語る。1942年、東京生まれ。幼少時代には、福岡の炭鉱地帯で開業医をしていた大おじのところによく遊びに行った。典型的な町医者だった大おじが夜中に患者に呼び出されて出かけていく背中を見送ることもしばしば。患者との信頼関係に支えられ、地域に根差した医療を行う大おじの姿は将来の選択に大きな影響を与えた。中学・高校時代は現在作家の嵐山光三郎氏と同級でともに文芸部に所属するなど、演劇活動に熱中。1年遅れで東京大学に進学した。

 当時の東大は青年医師連合を中心として大学医局や厚生省の政策に反対する学生闘争の真っ只中。安田講堂事件で終焉を迎えるころには、医学生のほとんどが大学を去ってしまった。「東大付属病院での研修は半年しかできなかった」と、まともに研修ができる状態ではなかったと振り返り、4年間の臨床研修のほとんどを一般病院で過ごした。

アメリカで見た日本の医学教育とのギャップ

 「研修医時代にハーバード大学の留学から帰国した医師に出会った。病態生理について『すべて理論で説明できる』ということに目からうろこが落ち、アメリカはおもしろそうだと思った」と、日本の臨床医学に足りなかったものが米国の医学にはあると感じた。「日本では『理屈ではなく観察しなさい』と教えられた。大事なことではあるが、なぜそうなるのかというメカニズムを知りたかった」。

 1973年、まだ日本人の留学生は少ない時代に渡米した。ワシントン州立大学医学部で麻酔科の研修医としてトレーニングを開始したが、最初は英会話がほとんどできず、専門用語や当直時の救急対応に苦労した。医療現場で普通に仕事ができるようになるまでに3年を要した。

 「アメリカはフェアな社会。『臨床』『安全で質の高い医療』『教育』の各分野について、学生や同僚、教授たちそれぞれに人事委員会があり、スタッフ一人ひとりを評価票で評価する。自分の主任教授はそれを見て評価するので正当な評価を受ける」と、やればやっただけの評価が返ってくることにとてもやりがいを感じた。同大の教授に見込まれてユタ州立大学医学部に移ってからは、医学部のスタッフや講師を経て5年目には助教授日本でいう准教授の立場まで昇進した。

 「ワシントン州立大では日本の約8倍の数の指導医がいた。マンツーマンで手取り足取り教えてもらえる」と、日本の研修医に比べて米国の研修医教育は充実していたと語る。「日本は論文などペーパーに偏重した教育や評価体制だが、アメリカは臨床や教育の評価比重も大きく、多数のスタッフを動員して医学生に侵襲行為も教え、臨床を重んじている」と、指導医のサポート体制が万全なために医学生に医療行為を教えることができると指摘。日本の指導医研修医は拘束時間が長いが、ユタ州立大では週3.5日の臨床研修業務以外は自分の裁量で研究や勉強などに時間を費やせる自由時間だったためストレスも少なかった。レーガン大統領による医療の市場原理化で4700万人の医療保険未加入者が出ている今のアメリカの医療の姿は非常に残念だが、医学生に対する教育体制はとてもよかった。日本もせめて指導医の数を2倍にすべきだ」。

■現場で感じた「医療危機」

 6年半の渡米生活を終え、知人の縁で帝京大学医学部の麻酔科の助教授として帰国。2003年には同大医学部長に就任、定年を迎えた昨年4月には医学部名誉教授となり、医療技術学部臨床検査科主任教授としてスタッフ教育にも携わっている。

 帰国後、日本の医療はどこかおかしいと感じていた。「どんなにがんばっても患者の医療のニーズに応えることができない。提供側は消耗してしまうばかりなのに、患者には理解してもらえない」。特に救急医療の変化を挙げる。「例えば脳梗塞。技術が未発達だったころは2次救急で患者を寝かせておくような対応で済んでいたが、血栓溶解剤ができて早期治療が可能になった。早期のリハビリも求められるようになり、3次救急の需要が増えた。心筋梗塞や糖尿病などほかの病気でも同じだ」。救急医療に携わるスタッフの増員も必要になるが、国が進める医療費抑制政策により救急医療を担う基幹病院から勤務医が離れてしまうなど、人員不足と救急需要の高まりで現場は混乱している。「マスコミも悪い。医療機関は患者を『たらい回し』しているのではなく、ほかの入院患者や救急患者に対応しているから受け入れることができないだけだ」と現場の状況を訴える。「開業医にも昔のように軽症の救急患者を見てもらうことが必要」と、基幹病院だけでなく、開業医も輪番などで救急医療に協力していくことが今後必要と提案する。
■医師や患者を救うために「医療立国」を

 「現場の医師たちががんばっているのに報われない。これを見逃すことはできない」。著書「医療立国論−崩壊する医療制度に歯止めをかける!」を昨年5月に発表した。政府が骨太の方針2006で毎年2200億円の社会保障費削減を求めるなど、医療を国の負債とする考えから脱却し、医療に投資することで国を活性化させようとする考えを中心に据えている。特に当時の厚生省の吉村仁保険局長が1983年に発表した、社会保障費がこのまま増大すると日本の社会の活性が奪われるとした「医療費亡国論」とその流れを継いだ現在の医療費抑制制作を辛辣に批判。日本の医療はアクセス、コスト、質の点で優れており、OECD加盟国と比較して病床数辺りの医師数や看護師数は圧倒的に少なく、特に米国と比較すると病床数あたりの医師の数は約5分の1、看護師数は約6分の1となるなど、日本の医療は医療従事者の献身的な努力で支えられてきたが「それも限界に来ている」と指摘している。医療費抑制を求める前に、一般会計の約3倍の225兆円ある特別会計の無駄を省くべきとも主張。その上で、「国は医療に投資し、医療業界の中での雇用を増加させ、医療産業を活性化させることで日本の経済力向上に貢献するべきだ」。
 特に「EUの国々では、医療が経済活性化の要であることが認識されている」と訴える。ヨーロピアン・コミッションの05年8月のレポートによると、EU諸国では医療への投資が経済成長率の16〜27%を占める。EU15カ国に限ると、医療制度の経済効果はGDPの7%に相当し、金融の約5%を上回る。「GDPの7%という数字を、日本に当てはめた場合、年間35兆円ほどGDPを押し上げることになる」と、EU諸国では医療・福祉は国の負債ではなく、経済発展の原動力として認識されていることを強調する。この具体的な例としてスウェーデンフィンランドデンマークノルウェーなど北欧の国々は租税、社会保険料の国民負担率が非常に高いにもかかわらず、医療福祉産業を育成する中で経済競争力では世界のトップ10の上位を維持している。国の手厚い社会福祉政策の中で女性、高齢者そして障害者でも働く機会に恵まれていて自立する中で社会に貢献もできている。
 「日本は素晴らしい技術大国。日本人の高い技術と能力、そしてお金を医療に費やさなければいけない」。正しく医療に投資することで、医療の質も向上し、日本の国力が増して国民の幸せにつながると述べている。

 著書では、医療産業を活性化させるため、医療機器の承認を遅らせている薬事法の改正や医薬品医療機器総合機構で医療機器を審査するスタッフの増員のほか、欧米で安全性が確認されている薬品は日本で一括承認することを求めるなど、医療を活性化させるための具体的な提案を数多く挙げている。「崩壊と言うばかりでは何も変わらない。提案していくことが重要」と、医療崩壊を嘆く前に何ができるかを考えることが重要と語った。

 「現場にいると忙殺され、複雑な問題をじっくり考えている余裕もないために現場の医師たちが声を出しにくい」と憂慮し、「自分が声を上げて医療の現状に対する理解と協力を求めていきたい」と述べる。「著書はその足がかり。今後は講演や執筆など、様々な形で医療立国を提言していきたい」。


更新:2008/02/15 15:33 キャリアブレイン



非常に示唆に富んだ興味深い記事ですネ。

「民には厳しい」社会保険庁

「民には厳しい」社会保険庁


 保険診療の取り扱い等について医師に対し丁寧に行うと定められている社会保険庁などによる「個別指導」で、指導医療官の医師に対するパワーハラスメントや人権無視が相次いで報告されている。「こんなことをして、お前すべてを失うぞ」といった恫喝(どうかつ)に端を発し、昨年9月には東京都内の歯科医師が自殺する事件も起きるなど、指導をめぐっては社会常識を逸脱した問題事例も少なくないという。約5千万件に上る未統合の年金記録問題をはじめ、不祥事を繰り返しながらも明確な責任の在りかを示さず「身内には甘い」社保庁が、「民には厳しい」実態が浮き彫りになっている。(山田 利和)

関連記事:歯科医に広がる?ワーキングプア?
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/14151.html

指導大綱にない「中断」横行

 医師が保険診療を行うためには、保険医療機関の指定を受け、保険医の登録を行わなければならない。この保険医に対する個別指導については、「保険診療の取扱い、診療報酬の請求等に関する事項について周知徹底させることを主眼とし、懇切丁寧に行う」と、「社会保険医療担当者指導大綱」(指導大綱)に定められている。また、個別指導後の措置(結果)は、「概ね妥当」「経過観察」「再指導」「要監査」の4分類となっている。

 しかし、昨年4月に個別指導を受けた東京都内の歯科医師の場合は、提出資料の不備等を理由として指導大綱にはない「中断」とされ、何の連絡や説明もないまま放置された。担当した2人の指導医療官は当初、「こんなことをして、お前すべてを失うぞ」・「今からでも、お前の診療所に行って調べてやってもいいぞ」と発言するなどの恫喝に終始。事後の取り扱いを尋ねても返答はなく268日後に突然「監査」の通知が届き、この医師は監査の直前に自殺した。
 歯科関係者によると、監査は最長5年間の保険医停止の処分か保険医取り消しが課され、事実上、歯科保険診療はできなくなり「開業時に巨額の借金を抱えることが多い歯科医にとっては、死刑宣告に近いと考えてしまう」という。

 このような事態を受けて、全国保険医団体連合会(保団連)は、東京都と同様に各地で指導大綱にはない「中断」という事例が起きているか、また指導に関する問題事例がないかを全国の保険医協会・医会を対象に緊急調査を実施。52組織のうち現在までに43組織から報告が寄せられた。

 その結果、中断については、医科・歯科ともに事例ありが11組織、医科で事例ありが4組織、歯科で事例ありが8組織と、この3年で半数を超える都道府県で中断という事例が起きていることが分かった。その件数は、医科では22件超、歯科では20件超。期間では、東京都の歯科の場合で、335日間を最高に、268日間、256日間などの長期に至るケースもあった(東京歯科保険医協会調べ)。
 個別指導の実態に関しては、「威圧的な態度」をはじめ、「急に大声で威圧して机をたたく」・「カルテを見るやいなや被指導者を怒鳴った」・「人格を否定される発言」など多数の報告が寄せられたほか、「全国平均までレセプトの平均点を下げなさい」・「テープ録音は勝手にやって構わない。その代わり、こちらは公益代表を立ち合わせてカルテをビデオ録画したい」といった事例等も報告。うつ病を発症する医師も少なくなく、医師の自殺は、東京の3件のほか、沖縄など各地で起きているという。

指導は「医療費削減ツール」

 保団連をはじめ、各地の保険医協会・医会は「犯罪捜査まがいの個別指導が横行している。個別指導には『検査権』はなく、あくまでも相手方の任意の協力によって成り立つもの。ましてや保険医療機関の指定取り消しや保険医の医業停止を決める場ではない。職権による処分をちらつかせ、指導に従うことを余儀なくさせる行為は行政手続法でも明確に禁止されている」と指摘。そのうえで「指導の中断が繰り返されているが、『大綱』には、そのような取り扱いは一切明記されていない。行政の不作為とも言える長期間の放置は、適正な手続きに欠けるだけでなく、精神的に追い詰めるための極めて悪質な手法」などと抗議している。

 個別指導については、「2000年以降の相次ぐ診療報酬のマイナス改定で医療機関の経営が全体的に悪化したことに加え、特に歯科では73項目にわたる保険点数が20年間も据え置かれている問題が背景にある」と指摘する関係者も多い。この73項目は、1986年4月時点と同じ保険点数で、写真診断(全額撮影以外)・補綴(ほてつ)関連検査・知覚過敏処置・歯周疾患処置・補綴物の除去など、ほとんどの歯科医療の基本的技術が含まれている。
 また、かつて医療費全体の12%あった歯科医療費が06年度は7.7%にまで下落。歯科医師・歯科技工士・歯科衛生士らに支払われる診療報酬は先進国に比べ極めて低い。こうした中、「患者負担を考えて、保険の枠内で治療しようと努力すると、医療指導官からは『保険点数が高く不正だ』とされてしまう。医療として正しい治療を行って、正しい請求をしても、保険点数を下げさせるような指導がされる」(福岡県内の歯科医)という実態もあり、「国は、患者・国民の命と健康を守るためではなく、金のために指導しているとしか思えない。指導が医療費削減のツールにされている」と嘆いている。

 個別指導をめぐっては、昨年の臨時国会小池晃参議院議員日本共産党)が「指導・監査で保険医が自殺することはあってはならない」などと質問。舛添要一厚生労働大臣は「暴言を吐くようなことは許されないシステムになっているはず。それが機能していないということは由々しきことで、きちんと指導していきたい」といった答弁をしている。

(CBニュースより)
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/14287.html;jsessionid=D7EC2AF1F69047A91B3B8A7C627BBDB3

対称性の医療に残っている下半身

http://www.heraeus-kulzer.co.jp/customer/storm_080128.html

特別寄稿 連載 「コップの外の嵐」  秋元 秀俊
第23回 対称性の医療に残っている下半身 (2008/1/28)

●内と外のまったく違った風

コップの内と外で、まったく違った風が吹いている。一方で歯科医師過剰、他方で医師不足、一方でハイリスクハイリターンのインプラントへの傾斜、他方ではリスクを嫌う萎縮医療の蔓延。同じ国の医療でありながら、そして同じ医療政策と医療制度のなかにありながら、歯科と一般医療は、今、まったく異なる状況にある。今や歯科関係者は誰も彼も自費志向を持ち上げる(その種の雑誌を27年前に始めておきながら言うのは複雑だが)。こうして欧米がそうであるように、わが国でも、歯科医療はいかにも自然に社会保障の枠からドロップアウトしていくのであろうか。

●萎縮医療は、なぜ?

一般医療分野では、いま地域医療の拠点病院から救急医、産科医、小児科医がいなくなるという事態が進行している。研修医制度改革で地域基幹病院の医師不足が表面化したものだが、政府が慌てて打ち出した医学部定員増が即効性をもつはずもなく、診療報酬の重点配分が立ち去った医師を呼び戻してくれるわけでもない。欧米諸国との比較において医師不足は否めない事実だが、問題は医師不足のなかでの医師の偏在である。病院勤務の産科医が激減するなか、都市部の不妊治療に医師が集まるのである。そして目には見えないが、この問題の深層では、患者とのトラブルを避けるため、必要以上に検査をして、リスクのある治療は回避するという萎縮医療が広がっている。
若い医師に嫌われるのは、夜勤が多く仕事がきつい一方で、患者とのトラブルが起きやすい診療科である。そこから医師がいなくなるので、残された病院では、36時間勤務が常態化するなど、事態は一段と厳しくなっている。1年前と比べても、しわ寄せが一段と進んでいるというメールを受ける。新聞で救急車の患者たらい回しが非難されるのに対して、「今の何倍もたらい回しがないほうが不思議」と外科医は反論する(1月26日、三保連合同シンポジウムでの木村泰三外保連会長補佐の発言)。

●不確実性の認識のギャップ

医療崩壊」は、患者と医療者との情報の非対称性が顕著なところで進んでいる。ここで言う情報の非対称性とは、患者と医者の間にある医学知識の差のことではない。医者の方が医学の知識が多いのは当たり前のことで、それは医者にとって古き良きパターナリズム(由らしむべし、知らしむべからず)の土壌になることはあっても医療崩壊を引き起こしはしない。問題は、医療の確実性に関する患者と医療者の期待の違い、不確実性の認識のギャップである。
医療は、本来、不確実なものである。そもそも生命というものが危うい存在で、そのアラームが鳴ったときに医者を訪ねるのだから、医療は不確実に決まっている。ところが、医者も悪ければマスコミも悪い。800gの新生児が無事に育てば、600gでも500gでもと囃し立てる。いつか、800gの未熟児が育つのは当たり前という幻想がつくられる。産科、救命救急、小児で医療崩壊が進むのは、その不確実性が患者の想像を超えているからである。

●歯科の特殊性があるとすれば、情報の対称性

歯科医療の特殊性を考えるとき、「命に関わらない」とする議論が多いが、これは多くを説明しない。皮膚科だって、整形外科、眼科、耳鼻科、精神科だって生命の維持に直接関わる機会は少ない。QOLの改善こそは、現代の医療の中心課題で、新薬の開発もメインはQOL、心臓外科手術でさえ、生存のためではなく人並みに運動会で走れることが動機になっている。
歯科、あるいはもう少し狭く修復歯科医療や補綴歯科医療に特殊性があるとすれば、それはある意味での情報の対称性である。つまり患者の予期と歯科医の予期が大きく違わない。この対称性が、この医療を特徴づけている。病気を治しているのではなく、障害を直しているのだから、当然と言えば当然であるが、産科にある予期のギャップと歯科にある予期の対称性が、これほど際だったことはない。空気がまったく違うのである。
歯科医の所得が限りなく低くなっても大学志望者は簡単には減らないのに、いくら給料を上げても研修医が救急に残らない。歯科医師の過剰も、この職業に人気がなければこれ程にはならなかったろう。
保険外の診療が拡大する理由もここにある。給付の画一性が求められる保険という仕組みでは、情報は非対称でなければ都合が悪い。患者の希望で治療の必要性や治療方法が変わるのでは、モラルハザードにつながる。保険には自ずから制約があり、ここに保険外の治療が生まれる根拠がある。世界的にみて、歯科が社会保障の枠の中にない(歯科が社会保障でカバーされるのは、コップの中だけの例外なのだ)理由は、そこにあるのだと考えられる。

●「金を患者に使いたがる」「墓場の乞食」

話は飛ぶが、GHQの医療福祉分野の責任者であったC. F. サムス大佐は、その回想録のなかで、薬事医療制度審議会を設置して終戦直後の早い時期に医薬分業を進めようとした理由について「医師は医学知識の向上を図るよりも薬を売ることに関心がある。歯科医は歯のよい治療をするよりも、より多くの金を患者に使いたがる」と書いている。なるほど、医薬分業のもっとも大きな目的はここにあったわけだ。同様に、歯科医が補綴物によってではなく、患者の健康の維持回復によって収益をあげるという仕組みをつくるためには、欧米諸国でやっているように、補綴物と治療を分ける必要があっただろう。すなわち歯科治療料は歯科医師、補綴技工物料は歯科技工士が受け取るというかたちの分業制で、当然のことながら補綴の診断・治療計画は、補綴物から利益を得ない歯科医が担当する。
昭和40年代の歯科では、診療報酬で不足する材料料も技術料を「差額」と呼んで、これを患者に求めてきた。この差額徴収が世間の非難を受けて、厚生省は昭和51年に、差額禁止の方針に転じた。あくまでも差額診療を継続しようとする日本歯科医師会は、これに強く反発したが、日本医師会(武見太郎会長)はこれと厳しく対立した。武見は日本歯科医師会を「墓場の乞食」だと揶揄したのはこのときだったか。言葉は汚いが、それがサムス大佐のコメントと同じ趣旨であったことに留意したい。

●差額の延長線上の「自費への移行」

サムス大佐は、次のようにも書いている「二流の医師(当時医師の6割を占めた医専卒の医師をこのように呼んでいる)は薬を調合したり、投薬することによって生計のかなりの部分を得ていた。また歯科医は、金を装飾用に患者に使うことなどによって生計の多くの部分を稼いでいた。」「金を装飾用に」というところを、「ポーセレンを審美目的に」と置き換えれば、当時以上に、この事態は進んでいる。
審美的改善が、歯科医療の大きな部分を占めることは歴史的にみても間違いない。大きな重要性がそこにある。しかし、そこに経済的なインセンティブが働く仕組みは、果たして医療として適切だろうか。
厚生省は、昭和51年、補綴処置について治療途中から「自費への移行」を認める歯科医療管理官通知を出して、差額問題の紛糾を収拾した。
こうして、苦肉の策と言うべきだが、補綴処置にあたって、自費が選択できる現在の仕組みが定着した。しかし、差額の延長線上に、この路線を引いたところに、大きな間違いがあった。上半身は医師の姿になったが、商人の下半身を残していたのである。自費の根拠は、患者の自由な選択の幅にではなく、それまでの差額同様、モノの違いに置かれてしまった。
今日に至るまで、医師が先進技術について精力的に保険導入を働きかけるのに対して、歯科医師は自費の虎の子を守ってきた。
歯科は、患者の選択の幅が大きな医療であるがために保険の枠に収まらない。それは決して「金を装飾用に使う」ためではない。経済的な厳しさが増すなかで、歯科医が医療人としての社会的評価を維持し続けるためには、自費の意味付けを明確に示す仕組みをつくらなければなるまい。


相変わらず舌鋒鋭い論説ですネ。

文中の「金を患者に使いたがる」は、貴金属の「金」を使いたがると言うことで、「お金」を患者に使いたがると言う意味ではないですヨ。当たり前ですが。
でも、ある意味、保険診療の赤字分を自費でどうにか補填していると言う側面もあるから、「お金」を患者に使ってると言うのもアリかな?

「さおだけ屋は何故潰れないのか?」とか言う本が以前ありましたが、それを思い出しました。

半年で5000万円の不正請求って、あ〜た、アタタタタ!

2針灸院が市に医療費5000万円不正請求/横浜市

 横浜市は十八日、同市中区弥生町二丁目の「土屋針灸マッサージ」と同市南区真金町二丁目の「横浜みなみ針灸マッサージ治療院」を実質的に経営する男性(70)が二治療院の治療に関し、国民健康保険と老人健康保険の医療費計五千三百六十九万六千八百円を市に不正請求していた、と発表した。針、きゅう、マッサージ治療の支払い制度を悪用。二〇〇七年四月から九月にかけて、治療回数を水増しするなどしていた。市は男性を詐欺容疑で県警に告訴する方針。

 市健康福祉局によると、二治療院では、一日に一回行った治療を、別の日と合わせて計二回行ったことにして二倍の金額を水増し請求。所得により医療費の一割か、三割を負担することになっている七十歳以上の利用者に対しては「市のサービスで月額千円でマッサージなどが受けられる」と偽りのうたい文句を掲げ、何回治療しても月千円しか請求していなかった。

 男性は同局の調査に「二治療院で毎月、約八百五十人の利用者のうち約四百人について不正請求した」と話している。神奈川新聞の取材に対しては「不正請求は〇七年四月から。それ以前はしていない」と説明。「当初から不正を認識していた。市や市民に対してご迷惑をお掛けして申し訳ない。不正請求した約五千万円は全額、市に返還したい」と話し、動機については明言を避けた。

 しかし、二治療院に関する国民健康保険、老人健康保険の医療費請求額が〇四年度から大幅に増えていることなどから、市は〇七年四月以前にも不正があった疑いがあるとみており、不正請求額が今後、数億円に上る可能性も出ている。

 昨年七月、都筑区役所で治療院の利用者が国民健康保険に関する手続きをした際、マッサージの回数などが市の把握していた情報と異なっていたことなどから、不正請求が発覚した。請求の手続きが「治療院中心に委ねられている」(健康福祉局)という市の制度の”盲点”を二治療院が悪用した格好。市は医療費の請求、支払いの審査を徹底し、抜き打ちチェックなどを行い、不正防止に努める。

http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiiijan08012100/

医科・歯科の世界でも不正請求の話は新聞沙汰になって衆人の耳目を集めることとなりますが、柔整の世界は、これまた金額がデカイ!半年で5000万円とは・・・そして全体の約半分が不正請求。その上、「返せば良い」とかコメントがまた無責任だったりします。歯科なんて、2年で何十万なんてのでも行政処分(免許停止など)ですヨ。
下に「日本手技療法協会」なる団体のHPから、不正請求の実態が書かれたページをアップします。

http://www.e-shugi.jp/contents/list.do?cn=111

ここでも、指導・監査の厳しさは書かれていますが、当事者の罪の意識と言うと、希薄な気がするのです。
始めの事件でも、軽い気持ちでレセプトを水増ししているのが判ります。それほど込み入った請求内容ではないのでしょう。不正受給の手口もみんな同じようなもの。バレれば返せば良い、くらいのノリです。
最悪で今回の事件のように刑事告発、詐欺罪で起訴と言った所でしょうか?

医師・歯科医師はその法律(医師法歯科医師法)によって、厳しい行政処分が付けられます。刑事罰とは別にです。確かに処分内容的には人間の倫理に反する行為のものもありますが、他の職種に比べれば、罪を犯した場合の罰はさらに厳しいものと言えると思います。

以下に「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」と言うのを挙げます。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/12/s1213-6.html

このように医道審議会で厳しい行政処分を求められるのは、医師・歯科医師のみなのです。
柔整に関して、公的な医療保険の請求額の割合は3000億円、医療費全体の1%が使われているのです。
1%か・・と思う方も居られるでしょうが、歯科で7〜8%(金額で2兆5000億円ほど)なのです。

医療を担う者として、柔整にしろ、同じような責務を負わせることも必要なのではないでしょうか?
私たちは、ある組織が後ろ盾になっているから大丈夫?

刑事、民事裁判に行政処分、いつも後ろにお役人が立っているような状態で診療しているオイラたちって・・・・
何か不平等と言うか。
「介護」の世界も同じような構図が・・・
全て、一部の不心得者のことなのでしょうがネ。